ブラジル側公文書見つかる
【スージー・ムラカミ/NB】日本人移民の導入が決定した当時、ブラジルでは農場で働くことになるこの人たちについての情報が少なかった。当時、日本にいたブラジル政府代表は、日本人を受け入れるサンパウロ州政府に対し、日本人に対して自分が受けた印象などを報告していた。
当時のアルシーノ・サントス・シルバ在日ブラジル領事は、サンパウロ州公共事業・商業・農業局に対し、日本人の「特徴」を中心に習慣の違いなどを報告した。大使は報告で、日本人の表面的な体格が、虚弱で十分な要件を満たしていないと述べている。「低い身長、弱弱しい身体など、私がこれらの移民に持った印象は、まったく好意的ではないことはない」。しかし、シルバ大使はブラジルの農場における日本人の能力を信じていなかったようだ。移民開始後、繁栄を極め、さらにブラジル農業に大きな影響を与えた日本人は当初、ブラジル人領事によって過小評価されていた。「1度あ
るいは2度の収穫期を終われば、貴殿たちは(日本人)移民たちが白人移民の生産能力の3分の2以上に達しないという彼らの能力と特徴を判断することになるだろう。(移民の)給与は当然、この比率(白人の3分の2)になるだろう」。
同報告は1908年4月30日付けで笠戸丸移民の乗船者名簿とともに送られている。文書の全容はサンパウロ州公文書館のサイト www.arquivoestado.sp.gov.br 内のセクション「documentoem
destaque」で見ることができる。