共和制時代は、暫定政府が共和制を敷いた1889年から始まる。2年後に共和国憲法が制定され、国会によって選出されたマレシャル・デオドロ・ダ・フォンセッカが初代大統領となる。サントス港に到着した第1回日本移民は、コーヒー生産に従事するため共和制初期に導入された。ブラジルは、農政中心の少数独裁政治によって維持された。第1次独裁政権はヴァルガス時代で1930年から1945年まで続く。第2次独裁政権は軍事政権の時代で、1965年から1985年まで続く。民政移管後の大統領選挙は1989年に実施され、フェルナンド・コーロル・デ・メロ大統領が選ばれた。
| 年代 |
主要事項 |
| 1889 |
暫定政府の発足 |
| 1891 |
共和国の憲法が発布。デオドロ・ダ・フォンセッカが正式に大統領に就任するも、同年に辞任。その後、フロリアノ・ペイショットが大統領のポストに就いた。 |
| 1894 |
大統領選挙が実施され、プルデンテ・デ・モラエスが当選。
日清戦争勃発 |
| 1904 |
日露戦争勃発 |
| 1906 |
コーヒーの過剰生産による経済危機に直面する。 |
| 1908 |
第1回笠戸丸移民到着
ブラジル日本移民(クリック!)
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| 1914 |
第1次世界大戦勃発 |
| 1917 |
ブラジルが英国、フランス、ロシア、アメリカの同盟軍を支持し、第1次世界大戦に参戦。 |
| 1922 |
サンパウロで近代芸術週間が開催される。ヨーロッパアートの影響を受けたブラジル人芸術家作品の普及に努める。 |
| 1923 |
金城山戸が日本人初の歯科医開業免状を受ける。 |
| 1925 |
ルイス・カルロス・プレステス率いる「プレステス隊」結成。政治、社会改革に影響を与える。
治安維持法成立 |
| 1927 |
コチア産業組合創立。 |
| 1929 |
ニューヨーク証券取引所の株価暴落による世界大恐慌を受け、ブラジルのコーヒーの値段も下がる。 |
| 1930 |
ジェトゥリオ・ヴァルガスを先頭に、リオグランデドスルでクーデターが起こる。ワシントン・ルイス大統領が辞任。旧共和国が終わりを告げ、ジェトゥリオ・ヴァルガスが大統領に就任。 |
| 1931 |
満州事変 |
| 1932 |
サンパウロ立憲革命。学生がジェトゥリオ・バルガスの独裁政治を批判。女性参政権
が認められる。 |
| 1934 |
ブラジルで2つ目となる憲法が発布。外国移民二分制限法公布。この法律によって、ブラジルに入国する外国移民の数はそれまでの2%にまで制限される。 |
| 1937 |
新憲法発布と共に「新国家」樹立。14歳未満者に外国語教授禁止。
日中戦争勃発 |
| 1938 |
全日本語学校の閉鎖。 |
| 1939 |
第2次世界大戦が勃発 |
| 1941 |
国営製鉄会社が設立、ブラジル産業の発展に貢献する。
太平洋戦争勃発(真珠湾攻撃)
敵性国民(クリック!) |
| 1942 |
第2次世界大戦にブラジルが参戦。
サンパウロ州保安局、敵性国民(日本・イタリア・ドイツ)に対する取締令を公布告示。
日伯国交断絶、在外公館閉鎖。
日本政府代表引き揚げ。
サンパウロ市の日本人街の日本人家族に対し、10日間の期限付きで2度目の立退き命令発令される。
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| 1943 |
サントスなど海岸地方在住者に立退き命令。 |
| 1945 |
第2次世界大戦が終息。ジェトゥリオ・ヴァルガスが辞任。ガスパル・ドゥットラが大統領に。ブラジルは民主主義の道へB
勝ち組と負け組(クリック!)
ポツダム宣言受諾(日本敗戦) |
| 1946 |
日本国憲法公布
3月7日 バストス産業組合専務理事溝部幾太が暗殺される。以降、各地で敗戦否定派のテロによって多くの死傷事件が起きる。
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| 1947 |
共産党が非合法化
1月6日 最後のテロ暗殺事件。 |
| 1950 |
警察予備隊(後の自衛隊)創設 |
| 1951 |
ジェトゥーリオ・ヴァルガスが再選、大統領に。
サンフランシスコ平和条約締結 |
| 1952 |
リオデジャネイロのプレジデンテ・ヴァルガス大通りで初めてカーニバルが行われる。数年後には、リオブランコ大通りに場所が移される。
アマゾン移民開始。 |
| 1953 |
国営石油会社、ペトロブラス社が設立される。
1月18日 戦後最初の移民到着。 |
| 1954 |
ジェトゥリオ・ヴァルガスが自殺。
連邦初の日系議員誕生。 |
| 1956 |
ジュセリノ・クビチェックが「50年分の発展を5年で」というスローガンを掲げ、大統領に当選。黄金時代(クリック!) |
| 1958 |
W杯スウェーデン大会優勝
6月18日 日本移民50年祭 |
| 1960 |
ブラジリア遷都。ジャニオ・クアドロスが大統領選に当選。 |
| 1962 |
W杯チリ大会優勝 |
| 1964 |
軍事クーデターにより、ジョアン・ゴラール政権
を追放し、カステロ・ブランコが大統領に。この年は「銃弾の年」としても知られている。
検閲と抑圧(クリック!)
東京オリンピック |
| 1967 |
皇太子夫妻来伯。サンパウロ市のパカエンブー競技場で行われた皇太子夫妻歓迎会には、約8万人の日系人が集まった。 |
| 1968 |
コスタ・エ・シルバ大統領が議会を封鎖し、軍政令第5号公布、国民の自由を規制した。この頃
、多くの人が拷問、殺害された。
日本移民60年祭。 |
| 1970 |
W杯メキシコ大会優勝。メジシ大統領の下、高度経済成長を遂げる。 |
| 1972 |
沖縄返還 |
| 1973 |
最後の移民船「にっぽん丸」がサントス入港。 |
| 1976 |
ガイゼル大統領夫妻が日本訪問。 |
| 1978 |
日中平和友好条約締結
日本移民70周年祭。
ブラジル日本移民史料館開館。 |
| 1979 |
フィゲイレードが大統領に就任。ジェイセル将軍が行っていた政治解放運動を引き継ぐ。 |
| 1982 |
州知事の直接選挙が実施される。 |
| 1983 |
大統領直接投票を求め、150万人がサンパウロでデモ。 |
| 1985 |
軍事政権の終結。タンクレード・ネベスが大統領に当選するが、就任前に死去。副大統領だったジョゼ・サルネイが大統領に就任し、クルザード計画を推進。彼の任期中はハイパーインフレの時期としても知られている。
三浦知良が初の日本人選手としてサンパウロ州選手権
に出場。 |
| 1988 |
8つ目となる憲法が発布される。
日本移民80年祭。 |
| 1989 |
大統領直接選挙が初めて実施される。 |
| 1990 |
フェルナンド・コーロル・デ・メロが大統領に就任。コーロルプランを遂行、国民の銀行貯蓄をブロックし、失敗に終わる。
日本の入国管理法が改正。これ以降、日本に出稼ぎに行く日系ブラジル人が急増する。
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| 1992 |
若者が、賄賂にかかわったコーロル大統領の弾劾を呼びかけデモ行進。コーロル大統領は弾劾直前に辞任した。
地球サミット開催(リオデジャネイロ)。 |
| 1994 |
W杯アメリカ大会で優勝。フェルナンド・エンリケ・カルドーゾ経済相提案のレアル計画により、経済が安定化。 |
| 1995 |
レアル計画の成功を経てフェルナンド・エンリケ・カルドーゾが大統領に就任、1998年にも再選した。アルゼンチン、パラグアイ、ウルグアイと共に南米共同市場(メルコスル)が発足。 |
| 2002 |
W杯日韓大会優勝。ルーラ・イナシオ・ダ・シルバが大統領に就任。 |
| 2005 |
「賄賂に打ち勝つ」とうたっていた労働党(PT)が政治スキャンダルを引き起こし、ルーラ政権
を揺さぶった。一連の事件は「メンサロン」として知られている。 |