ブラジルの帝政時代は67年間続き、ドン・ペドロ1世がポルトガルからの独立を宣言して即位した1822年9月7日から始まる。日本はすでに徳川家によって統一され、ポルトガル人を追放し、平和を享受していた。11年後、ドン・ペドロ1世は、父ドン・ジョアン6世が支配していたポルトガル王朝を引き継ぐため、ブラジルを去った。ドン・ペドロ1世による第1次帝政時代が終わり、摂政時代が続いたあと、アルカンタラ王子は1840年にドン・ペドロ2世として帝位に就く。ドン・ペドロ2世が統治した第2次帝政時代は、マレシャル・デオドロ・ダ・フォンセッカが指揮するブラジル陸軍がクーデターを起こして共和制を採り、ブラジル連邦共和国となる1889年まで続く。クーデターは、ブラジルへの移民を奨励、促進させた奴隷解放の1年後に起きている。
| 年代 |
主要事項 |
| 1823 |
制憲議会の作業開始。選挙が行われたほか、ブラジル初となる憲法の草案が提出された。 |
| 1831 |
ペドロ1世がポルトガルに帰国。帝位を皇太子ペドロ・デ・アルカンタラ(当時5歳)に譲るが、実際はその後10年にわたり、摂政担当者たちがブラジルを統治した。 |
| 1840 |
ペドロ・デ・アルカンタラ皇太子が即位。ペドロ2世の政権が発足。 |
| 1841 |
天保の改革 |
| 1846 |
サンパウロ州リメイラ市のイビカバ農園にドイツ移民が入植、その後コーヒーの栽培に携わる。 |
| 1850 |
奴隷貿易が禁止される。 |
| 1853 |
ペリー来航 |
| 1854 |
日米和親条約締結 |
| 1858 |
日米修好通商条約締結 |
| 1865 |
ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ(三国同盟)による対パラグアイ
戦争が勃発。その5年後に三国同盟が勝利。 |
| 1867 |
大政奉還 |
| 1868 |
戊辰戦争 |
| 1870 |
それまで奴隷が行っていた労働を、移民が給料をもらい受け継ぐよう
になる。 |
| 1871 |
ベントレ・リブレ法の施行により奴隷の新生児が解放される。
廃藩置県 |
| 1873 |
サンパウロ共和党結成。共和国設立宣言のきっかけとなる。 |
| 1877 |
西南戦争勃発 |
| 1879 |
ゴムの生産、野菜の栽培がアマゾニア地方で盛んになる。 |
| 1885 |
60歳奴隷解放令が下される。 |
| 1888 |
イザベル妃が調印したことにより、奴隷制度が廃止される。 |
| 1889 |
10月15日にマレシャル・デオドロ・ダ・フォンセッカが共和国設立宣言、暫定政府の大統領に就任。ペドロ2世が家族と共にポルトガルに帰国。
大日本帝国憲法発布 |