ブラジルの先住民
[エリカ・コバヤシ]
ブラジルに到着したポルトガル人を出迎えたのは、以前からこの地に住んでいた原住民インディオだった。彼らの暮らしを少しのぞいてみよう。
1500年当時、ブラジルには部族別に分かれた100万人以上のインディオがおり、50以上の言語が使われていたといわれている。ツピーという名前を持っていながらも原住民がインディオと呼ばれるのは、ポルトガル人がブラジルに着いたとき、インドに着いたと勘違いしたことからだ。
ポルトガル人到着以前には、繁栄を保っていたインディオ社会だが、その後に続くブラジルの植民地化によって、多くのインディオ社会が崩壊した。国家インディオ財団(FUNAI)の発表によれば、現在ブラジルのインディオ人口は約35万8千人(ブラジル人口の0.2%)となっており、多くがジャングルではなく農村や都会に住んでいる。
部族の違いはあってもインディオの生活様式は似ているものが多かった。当初、最もポルトガル人の目を引いたのは、衣服を着ず、裸体を赤と黒色で塗っていた事だった。体に塗る色は、争い、服喪、出産など、彼らの生活の中に何が起きているのかを示すものであった。これは、ブラジルのインディオが自然と密接な関係にあった事を意味している。彼らは植物や動物を順応させ、タピオカや綿花を栽培し、顔料を作り、薬草などを使っていた。獣や魚を食べ、オッカ(椰子の葉かカヤでふいた掘っ立て小屋)と呼ばれる共同住宅に住んでいた。
インディオの部族は大きな家族のようなもので、酋長(カシッケ、ツシャナ−又はモルビシャ−バと呼ばれていた)がリーダーシップを持ち、移転やほかの部族との争いなど、外部とのコンタクトを取り仕切った。
インディオは、同じ部族内で結婚せずほかの部族と結婚することで、部族同士の融和を促し、戦闘を避けて協力し合うというシステムを作り上げた。夫婦生活の役割ははっきりしており、女は家事と畑、料理と家庭用品の製作などを担当し、男は狩猟、魚の捕獲、武器、家屋やカヌーの製作を受け持った。