検閲と抑圧
[エリカ・コバヤシ]
1964年のクーデターによって、ブラジルに軍事政権が誕生した。軍事政権が続いた70年代は、国民が安定感を持ち、楽観的であったとし、この時代がブラジルが最も繁栄した時期だと言う者がある。しかし、それはすべて政権を握った軍部の宣伝の効果であり、政策に対して意見あるいは批判する者には抑圧が加えられた結果であった。1968年12月13日に発令された政令第5号は、ブラジル国民から投票権をはく奪し、政治問題に関する意見表明(とくに政治制度に対して)および文化的表明を禁止した。これによって知識人やアーティストの中には迫害、拷問に掛けられた者もいた。この期間のブラジル史は「鉛の年代」だった。
マスコミに課せられた検閲によって、報道は軍事政権のプラス面だけとなった。エミーリオ・ガラスタズ・メージシ大統領(1969〜1974)は、経済成長を奨励し、外資を導入して「世紀の奇跡」と呼ばれる経済成長を誇張し、「ブラジルを愛せよ、しからずんば去れ」や「この国は前進する国である」のスローガンを掲げた。
1970年のサッカー・ワールドカップも強国ブラジルの神話を徹底させるために利用された。「ブラジルよ進め」の応援歌を歌いながら、9000万のブラジル国民はテレビ(メージシは家庭用テレビ購入に融資制度を設けた)にかじりついてブラジル代表の優勝の場面を見つめていた。さらに、メキシコ大会で優勝したペレのチ−ムはブラジル人が持っていた高慢心をさらに増長させた。
軍事政権のプロパガンダは、ブラジルの実体をごまかしていた。ジェトゥリオ・ヴァルガス研究所のデータによれば、貧困者の増加、幼児死亡率の上昇、多くの都市での基礎衛生施設不備が報告されている。1973年、成長率の下向が見られ、さらに翌年第1次オイルショックによってインフレ率が2倍に上昇、外貨借り入れが激増し不況と失業を招いた。80年代、国民の不満がそれまでの楽天的感情と入れかわり、民衆、知識人、アーティスト、そして労働者たちが政治の開放を求めて運動を展開した。
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Pra
Frente Brasil! 進め!ブラジル! 作曲 Miguel
Gustavo(ミゲル・グスターヴォ)
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1970年、メキシコで行われたサッカー・ワールドカップの応援歌はいまだブラジル人の記憶に残っている。
Noventa
milhões em ação
Pra frente Brasil
no meu coração
Todos juntos
Vamos pra frente Brasil
Salve a seleção!!!
De repente
é aquela corrente pra frente
parece que todo o Brasil deu a mão!
Todos ligados na mesma emoção!
tudo é um só coração!
Todos juntos
vamos pra frente Brasil!
Brasil
Salve a seleção!!! |
9千万人が動く
進め、ブラジル
わが心から...
共に行かん
進め、ブラジル
セレソン万歳!
突然
前向きに行進
ブラジル中が手を取り合って...
同じ感動で繋がれて
想いは皆同じ!
共に行かん、
進め、ブラジル
ブラジル!
セレソン万歳! |
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