黄金時代
[エリカ・コバヤシ]
1956年、ジュセリノ・クビチェック大統領が就任した。彼の政権は国家の発展とブラジリアの建設、そして活発な文化活動で表すことができる。
ブラジルはジュセリノ・クビチェック大統領が就任した1956年1月に新しい息吹を得た。クビチェックの政策は、「50年を5年で」のスローガンの下、社会・経済分野で6大目標(エネルギー、運輸、食料、工業、教育、ブラジリア建設)を設定することから始まった。
彼は、ブラジル人に目標プランを作成させた初めての大統領だった。大統領の大きな切り札は工業発展にあり、鉄道関係の発展はなかったものの、多くの外資を導入し、自動車工業も大きな外資投資を受けた。クビチェック政権下での工業成長率は80%と言われている。
クビチェックは外国企業誘致のほか、借り入れを容易にするために紙幣の増発を行った。しかし、紙幣の増発は、流動性を高め、生産性低下によるインフレ昂進を招いた。それでもガリンシャとペレのブラジル代表がワ−ルドカップ優勝、バイーアの歌手ジョアン・ジルベルトがリオデジャネイロで発表したボサノヴァ音楽の台頭などによって、この時代はブラジル人にとって最も楽観的な時代であった。
ボサノヴァは、ブラジルポピュラー音楽(MPB)の中で重要なアクターとなり、ジョアン・ジルベルトのほかに、トム・ジョビン、ヴィニシウス・デ・モライス、アストラッド・ジルベルトやナラ・レオンのようなアーティストを輩出した。
この音楽のスタイルはサンバのそれと違い、都会をテーマにしてカリオカのエリート層の生活スタイルを歌いあげたものであった。この革新的な音楽は、すぐに大学生を虜(とりこ)にし、1960年代の初めにはアメリカでブームを巻き起こし、今ではブラジル文化の象徴とされている。
この活発な文化活動は、ほかの芸術にも影響を与えた。1962年、チェコスロバキアの国際映画祭でオペラ・プリマ賞を獲得したグラウベル・ロシャは、ボザノヴァをテ−マにした。同監督は1963年、「太陽の地の神と鬼」を撮る。この動きはシネマ・ノーヴォ運動として知られている。