サンディー&ジュニオル(Sandy
& Junior)
音楽一家で育ち、生まれつき歌うことが好きだった2人は物心ついたときから知らない間に音楽の才能を養っていた。ジュニオルはオモチャのギターを一時も離さなかった。サンディーは父ショロロと叔父がやっていたバンドの曲をいとも簡単に暗記した。いつからか2人は、親せきや友だちの家で開かれる誕生パーティーで歌うようになった。初めてテレビ番組「O Som Brasil」に出演したときサンディーは6歳、ジュニオルは5歳だったといいうから驚きである。2人はリハーサルもなしに、祖父母であるゼ・ド・ランショとマリアジーニャ(彼らもまた歌手だった)の名曲「Maria Chiquinha」を披露した。
最初、父も母も2人に歌手になって欲しいとは思わなかったようだ。2人がプロとしてやっていくにはあまりにも若すぎたから。しかしやがて2人を音楽の世界から引き離すことは不可能だと分かった。それからは学校の授業さえさぼらなければ、音楽活動を続けることを許す。そして1991年、10歳にも満たない2人は本当に「Aniversário do Tatu」を引っさげ歌手デビューしてしまった。このCDをきっかけに2人は瞬く間に全国で大ブレークした。
音楽家の血筋を引くからといって成功までの道程が簡単だったわけではない。もちろん両親の助けもあっただろうが、いずれにしろサンディーとジュニオルはアーティストとしてのリスペクトを得るために相当の努力を重ねた。すでに十数年のキャリアを持つ2人だが、ジュニオルはボイストレーニング、サンディーはピアノのレッスンを欠かさず、今に至っても音楽を学ぶ姿勢は変えていない。そういった努力や決断力があったからこそ子どものときからブラジル音楽界において重要な地位に立ち続けているのだ。
音楽界で不動の地位をものにした2人は、あるときからドラマ、映画などにも活動の場を広げた。グローボ局は2人を主人公としたシリーズを放送し、4年間にわたって高視聴率を記録した。2001年にはサンディーを主人公にしたドラマ「Estrela Guia」がヒット。2004年には人気番組「Caldeirão
do Huck」の1コーナー「Quebrando a Rotina」を2人が担当した。映画では、ヘナート・アラゴン監督の「O Noviço Rebelde」に出演。2003年に劇場公開された「AcQária」では2人揃って主役を飾った。
2006年には15枚目のアルバム「Sandy&Junior」を発表し、CD総売上枚数は約1500万枚に達した。これまでにリリースしたCDの売上を平均すると1枚のアルバムに付き約100万枚売り上げていることになり、どれだけ彼らが大衆の心をつかんでいるかが分かる。
ディスコグラフィー
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発売年
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アルバム名
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売り上げ枚数
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1991
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Aniversário
do Tatu
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30万枚
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1992
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Sábado
a Noite
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40万枚
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1993
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Tô
Ligado Em Você
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45万枚
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1994
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Pra
Dançar Com Você
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49万枚
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1995
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Você
é D+
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55万枚
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1996
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Dig-Dig-Joy
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70万枚
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1997
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Sonho
Azul
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75万枚
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1998
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Era
Uma Vez (Ao Vivo)
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170万枚
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1999
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As
Quatro Estações
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250万枚
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2000
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Todas
As Estações - Remixes
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46万枚
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2000
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As
Quatro Estações - O Show
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270万枚
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2001
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Sandy
e Junior
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100万枚
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2002
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Internacional
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75万枚
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2002
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Ao
Vivo no Maracanã/Internacional Extras
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35万枚
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2003
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Identidade
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45万枚
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2006
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Sandy
e Junior
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35万枚
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