ルッチ・カルドーゾー日本移民への尊敬
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Cinthia Yumi/NB
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6月24日、前大統領夫人ルッチ・カルドーゾ氏が死去した。人類学者でもあった同氏は生前、弊紙462号で日系社会とデカセギについて語っていた。今号ではそのインタビュー記事を掲載する。
【シンチア・ユミ/NB】ブラジル日本移民百周年の今年、ニッポ・ブラジル新聞は、1995年から2003年まで大統領を務めたフェルナンド・エンリケ・カルドーゾ氏の夫人、ルッチ・カルドーゾ氏のインタビューを行った。人類学者でもあ
り、社会学者でもある同氏は1972年、論文「家族構造と社会的流動性‐サンパウロ州における日本人研究」を発表、1995年には同論文が日ポ両語で出版された。
インタビューでルッチ氏は、日本移民についての考察に加え、デカセギ現象との比較を披露している。ブラジルのエリート社会での経験に基づいて、同氏は国の経済状況に肯定的な視点を持ち、デカセギ現象に関しても、国内における雇用の機会が不足しているとは考えていない。「今日、多くの人が高いクオリティを持って大学卒業しており、労働市場はより熱を持っています。しかし、海外へ働きにでるということは、個人の決断なのです」。
インタビューは、同氏が共同創立者でもあるサンパウロ市のソリダリア大学本部で行われた。彼女は非常に気さくで、日本移民と百周年について喜んで語ってくれた。
ニッポ・ブラジル(以下NB)‐著書「家族構造と社会的流動性」は、ブラジル、とくにサンパウロ州の日本移民を取り上げています。家族内における文化継承について、移民からその後の世代に何が起こったのでしょう。
ルッチ・カルドーゾ(以下RC)‐日本移民のケースは、非常に特殊で興味深いものです。なぜなら、日本人は文化的相違にかかわらず、素早くブラジルに順応し、その一方で、彼らは伝統文化を保存することができたためです。それはブラジルでの現実に適用した伝統との結合を可能にしたプロセスでした。言い換えれば、それは日系人としてのアイデンティティを保ちながら偉大な統合があ
ったといえるでしょう。
NB‐新しい世代は「日本人DNA」を受けつぐことを誇りに思っているでしょうか。
RC‐間違いないでしょう。より若い世代は、自由であるとともに、日本文化を評価しています。日本に対するイメージは、真面目で成功したという肯定的なものです。これは、日系人に誇りを感じさせます。日本はグローバル社会に向けて、自身の特徴を失うこと必要がないという良い例となっています。
NB‐ブラジルにおける日本移民100年の歴史のなかで、日伯関係における主な影響は何だったでしょうか。
RC‐1920年代における移民制限法や戦中、終戦直後など劇的な時期があ
りましたが、戦後以降、日系コミュニティはブラジルにおいて発展しました。今日では、社会的に著名な人物がおり、ブラジル社会に完全に統合した移民とその子孫がいます。
NB‐デカセギ現象がブラジルの厳しい経済事情から起きたという意見があ
ります。日系人の場合、多くが大学卒業者で、資格を離れ日本で単純労働力として働いています。さらに、これら日系人は親が大学に入れるために苦労を重ねた子ども世代です。あ
なたは、これらの親たちは期待を裏切られたと考えますか。
RC‐それは個人の決断と奉仕精神にかかわる問題だと思います。これらの人たちは経済的安定を求め、日本で一定期間働き、ブラジルへ戻ることを決断した人たちです。しかし、日本にあ
るブラジル人コミュニティでは、多くの人が自分の目的を達成し帰国しています。
NB‐しかし、今日のデカセ ギの状況は、20世紀初めの日本移民に比べより厳しいと思いませんか。
RC‐それは間違いないでしょう。日本移民がブラジルに到着した当時、彼らは経済的により良い状況にいました。移民は、多くの困難に直面した一方で、土地を購入することができたし、経済的に繁栄を謳歌することができました。さらに、日本政府は移民会社を通じて移民を支援しました。当時は日本政府の支援が非常に大きなものでした。今日、ブラジル人は重労働が待つ日本へ行きます。さらに日本語という言語の壁があ
ります。
NB‐ブラジルが移民政策を検討することはあると考えますか。
RC‐ブラジル政府は、指針プログラムなどを通じての支援、ブラジル人が起こした犯罪における支援、日本語訓練の奨励などを模索しています。しかし、ブラジル政府が移民政策をとる必要はないと思います。なぜなら、(移民政策は)わが国にとって関心がないのです。日本政府が移民を奨励した際、日本は国民が他の国で生き残る必要があ
ったのです。それはわが国のケースではありません。